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東京地方裁判所 平成7年(ワ)9093号 判決

原告(反訴被告)

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

齋藤正実

高野栄子

被告(反訴原告)

乙山花子

右訴訟代理人弁護士

有吉春代

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求及び被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、これを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(本訴について)

別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を競売に付し、その売得金より競売手続費用を控除した金額を、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に一万分の二二七八、被告(反訴原告、以下「被告」という。)に一万分の七七二二の各割合で分割する。

(反訴について)

原告は、被告に対し、本件不動産について、持分全部移転登記手続をせよ。

第二  事案の概要

本件は、実の母子関係にある被告と原告の共有名義の本件不動産(マンション)について、原告が、本訴について、民法二五八条の共有物分割請求権に基づき競売による代金分割を求めたのに対し、被告が、原告持分の取得原因となった持分売買につき解除条件の成就ないし債務不履行による解除を主張し、被告が原告持分を全部取得したとして、反訴において、原告に対し、持分全部移転登記手続を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は被告の長男であり、乙山春子は被告の実母である。

2  本件不動産について、次のとおり、共有名義の登記が経由されている。

(一) 昭和六二年一〇月一日、被告持分一〇〇分の五五、乙山春子持分一〇〇分の四五とする共有名義の所有権保存登記がされた上、同年一一月六日、錯誤を原因として、被告持分を一〇〇分の七〇、乙山春子持分を一〇〇分の三〇とする更正登記がされた。

(二) 昭和六三年一二月二一日、乙山春子持分のうち一万分の七二二につき、同年一二月一五日贈与を原因として、被告に対する持分一部移転登記がされた。

(三) 平成四年一〇月五日、乙山春子持分のうち一〇〇万分の五万〇一一六につき、同年一〇月二日売買(以下「本件第一売買」という。)を原因として、原告に対する乙山春子持分一部移転登記がされた。

(四) 平成五年三月二九日、乙山春子持分の残余一〇〇万分の一七万七六八四につき、同年三月二二日売買(以下「本件第二売買」という。)を原因として、原告に対する乙山春子持分全部移転登記がされた。

3  右の経緯により、本件不動産については、原告持分一万分の二二七八、被告持分一万分の七七二二とする共有名義の登記がされているが、原告と被告の間で共有物分割について協議が調わず、また、現物をもって分割することは事実上不可能であるか又は著しくその価額を損するおそれがある。

二  争点

1  本件不動産に対する乙山春子持分の帰属

(一) 被告の主張

本件不動産の乙山春子持分は、被告が税金対策上実母の名義を借用して同人と自己との共有名義で登記をしたものにすぎず、乙山春子持分は、当初から全部被告の所有に属していた。

(二)原告の主張

本件不動産の乙山春子持分は、同人自身が実体的にも所有していたものである。本件不動産は、マンション開発業者が、敷地権の目的たる土地上に一棟の建物を建築した時点で敷地権及び建物の所有権を取得し、被告及び乙山春子が売買によりこれを承継取得して両名の共有になったものであるから、被告が単に節税目的のために乙山春子名義を借用したにすぎないとしても、売買当事者であるマンション業者と被告及び乙山春子との間でそのような合意がされていない以上、被告が乙山春子持分について所有権を取得するいわれはない。本件各売買の売主は、所有名義人である乙山春子にほかならず、本件第二売買の代金も、原告は乙山春子に対して全額支払っている。

2  本件各売買後の原告持分の帰すう

(一) 被告の主張

(1) 被告は、平成四年一〇月二日の本件第一売買により、乙山春子持分の一部を代金四一〇万円で、また、平成五年三月二二日の本件第二売買により、乙山春子持分の残余を代金一〇六六万一〇四〇円でそれぞれ原告に売り渡したが、その際、原告との間で、原告は被告の扶養義務を負い、右義務不履行のときは本件各売買は解除されるとの解除条件を付すことを合意した。

(2) しかし、被告が夫と離婚後長年にわたり唯一人の子である原告を援助して大学医学部に進学させ、医師資格まで取得させながら、原告は、自らは開業医として経済的に十分過ぎるほどの扶養能力があるのに、平成六年春ころから被告に対して親子の縁を切るなどと公言し、同年一一月二六日本件不動産の共有物分割を求める本訴を提起するに至ったものであるから、右同日、扶養義務を放棄してその不履行を確定的にしたものというべく、これにより解除条件は成就し、本件各売買は解除された。

(3) 仮に、解除条件付であるとはいえないとしても、原告は、本件第二売買の代金一〇六六万一〇四〇円のうち八一六万一〇四〇円を自己のために使用したところから、被告との間で、原告において一か月九万円の公庫ローンを平成五年四月分から向こう七年間にわたり合計七五六万円弁済することで右不足代金の支払に充てる旨の合意(多少の差額は親子間の売買であることにかんがみ不問に付した。以下「本件ローン支払合意」という。)をした。ところが、原告は、平成五年四月から平成六年五月までの分と平成六年九月分及び同年一〇月分の合計一六か月分一四四万円の公庫ローンの弁済をしたにとどまり、不足代金の残余六二二万一〇四〇円の支払をしなかったため、被告は、本訴係属中の平成七年九月一一日原告訴訟代理人に到達した書面により、同書面到達の日から五日以内に右残代金を支払うよう催告するとともに、この期間内に支払がないときは本件第二売買を解除する旨の意思表示をし、本件第二売買は、同年九月一七日に解除された。

(4) したがって、原告は、いずれにしても本件不動産に対する原告持分を喪失したから、右持分の存在を前提とする原告の本訴請求は理由がない。また、被告は、これにより原告持分ひいては乙山春子持分を全部取得したので、反訴において、原告に対し、乙山春子持分一部移転登記及び乙山春子持分全部移転登記の各抹消登記手続と乙山春子持分の所有権保存登記の抹消登記手続に代えて、持分全部移転登記手続を求める。

(二) 原告の主張

(1) 本件各売買の売主が被告主張のように実質的には被告であったとしても、およそ、売買契約における買主の義務として、売主の所有権移転義務と対価関係に立つ代金支払義務とは別に、売主に対する扶養義務とその不履行を解除条件とすることまで売買契約の内容にすることは、著しく合理性を欠くことになり、扶養を条件とする負担付贈与などの場合と同列に論ずることはできない。本件各売買に被告主張のような解除条件が付されていたとか、原告と被告の間で本件ローン支払合意が成立したとかの事実もない。

(2) したがって、解除条件の成就及び債務不履行による解除を原因として原告持分を取得したことを前提とする被告の反訴請求は失当であり、原告は、本訴において、本件不動産につき、民法二五八条の共有物分割請求権に基づき競売による代金分割を求める。

3  本件共有物分割請求と権利濫用の成否

(一) 被告の主張

原告の本件共有物分割請求は、以下の諸事情からすれば、権利の濫用に当たり許されない。

(1) 被告は、本件不動産を購入した後、同所に居住していたが、平成元年七月再婚したことに伴い大阪に移住したものの、平成七年一月に離婚して帰京し、同年五月以降は再び本件不動産に一人で居住している。

(2) 被告は、現在六〇歳を超えている上、慢性肝臓病を患って無職であり、本件不動産が共有物分割により競売に付されるとすれば、その買受人に対抗し得る占有権原を有しない以上、引渡命令の対象とされ、退去を余儀なくされる。原告の従前の言動に照らすと、同人から扶養を受けることも到底期待し難いから、居住場所を失って行き場がない結果を招くことになる。

(3) 他方、原告は、前記のとおり、開業医として十分な経済力を有しながら、敢えて、実母をこうした窮地に陥れる非常識な請求に及んでいるものであるが、本件不動産を購入する際、住宅金融公庫からの借入金一九〇〇万円、一か月のローン返済額九万円の債務につき被告と連帯債務者になったところ、この地位を離脱することを目的として本件共有物分割請求をしたものとすれば、現にローン返済を継続している被告に期限の利益を失わせて一括弁済を強いることにもなり、身勝手そのものである。仮に、原告が競売手続を利用して本件不動産の被告持分を安価で買受取得することを予定しているのであれば、権利濫用の事情は一層悪質である。

(二) 原告の主張

原告の本件共有物分割請求は、権利の濫用に当たらない。すなわち、夫婦や親子が不動産を共有する場合において、当初の目的であった共同使用などの事由が止み、共有関係を維持する必要がなくなったのに、一方当事者の反対により共有関係を解消することができないとすれば、他方当事者の共有物の処分、利用の自由が失われ、社会的損失を招くことになる。競売による代金分割の場合には、各共有者は持分に相当する売得金を取得することができるのであり、こうした金銭的補償により本来的には不利益が生ずる余地はない。もっとも、昨今の経済情勢等から被告が取得する金銭が少なくなることが見込まれるとしても、この点については被告自身の責に帰すべき事由の存在することも否定することはできない。扶養義務は現実に扶養の必要が生じたときに発生するものであって、本件不動産が競売されれば、原告も被告を扶養する用意はあり、抽象的に居住継続の困難性が危惧されるとの一事をもって、本件共有物分割請求が権利の濫用に当たるとすれば、法の一面だけしか見ていないことに帰し、民法二五八条の存在意義も失わせることになる。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件不動産に対する乙山春子持分の帰属)について

1  前記争いのない事実と証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告(昭和一〇年九月生)は、昭和三三年五月甲野太郎と婚姻し、昭和三六年一月に長男の原告をもうけた後、昭和五一年五月離婚して原告を引き取り本件不動産の場所に存在した借家に居住していたが、原告は、昭和五五年四月浜松大学医学部に入学して転居し、被告から仕送りを受けて昭和六二年三月卒業した。この間に、市街地再開発事業により右借家等を取り壊してマンションを新築する計画が持ち上がり、被告が立退補償を得てマンションの一室及びその敷地権である本件不動産を代金三六五〇万円で優先分譲を受けることになった。被告は、原告を連帯債務者として、住宅金融公庫から一九〇〇万円を、長期分割弁済とし、抵当物件についての競売手続の開始等の一定の事由が生じたときは期限の利益を喪失するとの約定で借り受け、本件不動産に抵当権を設定したほか、兄弟からの借入金や生命保険の解約返戻金により資金を調達して本件不動産を購入し、昭和六二年一〇月一日、所有権保存登記を了して同所に入居した。

(二) 被告は、右登記の際、事業関係者の助言により、税金対策上、立退補償の受取人が自己と実母の乙山春子の二名であることにして、乙山春子持分一〇〇分の四五、被告持分一〇〇分の五五とする共有名義にした上、同年一一月六日、非課税の生前贈与分として乙山春子持分一〇〇分の一五の移転を受けたことにして持分の更正登記をし、次いで、昭和六三年一二月二一日、右同様の目的で、乙山春子持分一万分の七二二の生前贈与を受けたことにしてその旨の持分一部移転登記をした。乙山春子は、青森に居住し、住民票を約半年間だけ本件不動産の所在地に移したことはあるが、同所に居住したことはなく、本件建物の購入資金も全く出捐していない。

(三) 原告は、大学を卒業後、東京に戻り高島区大塚のワンルームマンションを賃借し、研究医等として勤務したが、平成元年七月、被告が再婚して大阪に転居したため、被告に代って本件不動産に入居し、使用料として一か月五万五〇〇〇円を被告に送金した。平成三年七月には原告が本件不動産の内部を住居兼医院に改装して同所で開業し、右送金額を同年八月から一か月九万円に、また、平成四年六月からこれを二〇万円にそれぞれ増額し、この間、被告において一か月九万円の公庫ローンの支払を継続した。

(四)原告は、その後、本件不動産が右のとおり自己の生活と仕事の本拠となっており、結婚の予定もあることなどを考慮して、被告に対し、乙山春子持分を買い受けたいとの意向を伝え、被告も、兄弟に借入金を返済するなどの必要があったところから、原告と被告の間で本件各売買が行われることになった。まず、平成四年一〇月二日、乙山春子持分のうち一〇〇万分の五万〇一一六につき代金四一〇万円(ただし、契約書上は四一〇万四六三二円)による本件第一売買をし、原告は、同日、被告が預金通帳及び届出印を管理している乙山春子名義の預金口座に右代金を振込送金した。次いで、平成五年三月二二日、乙山春子持分の残余につき、代金一〇六六万一〇四〇円による本件第二売買が行われ、原告は、同年三月二六日、この代金を右同様に振込送金した。

2  右認定事実によれば、本件不動産の乙山春子持分は、税金対策上、被告が実母の名義を借用したものにすぎず、当初から全部被告に帰属していたところ、本件各売買により、平成五年三月の時点においては、原告持分一万分の二二七八、被告持分一万分の七七二二の共有になったものというべきである。この点について、原告は、当初の売買当事者であるマンション業者と被告及び乙山春子との間で右のような名義借用に関する合意がされていない以上、被告が乙山春子持分について所有権を取得するいわれはなく、本件第二売買の代金も、原告は乙山春子に対して全額支払っており、乙山春子持分は同人自身が実体的にも所有していた旨主張し、原告本人尋問の結果中において右主張に沿う供述をしているが、前掲各証拠に照らして信用することができず、他に、前記認定を覆して右主張事実を窺わせるに足りる証拠はない。

二  争点2(本件各売買後の原告持分の帰すう)について

1  解除条件の成就について

(一) 被告は、本件各売買の際、原告との間で、原告は被告の扶養義務を負い、右義務不履行のときは本件各売買は解除されるとの解除条件を付すことを合意したところ、原告が、平成六年春ころから被告に対して親子の縁を切るなどと公言し、同年一一月二六日本件不動産の共有物分割を求める本訴を提起するに至ったものであるから、右同日、扶養義務を放棄してその不履行を確定的にしたものというべく、これにより解除条件は成就し、本件各売買は解除された旨主張する。

(二) そして、〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果中には、右主張に沿う記載及び供述部分があり、また、原告本人も、本件各売買の当時、売買の条件とするかどうかは別として、原告は被告を老後は扶養する意思を有しており、そのことを口に出していたし、被告も原告から扶養を受けることを期待していたと供述している。さらに、証拠(〈書証番号略〉)によれば、原告は、大学在学中に被告に送金を依頼した手紙等において、医師として一人前になった暁には被告を扶養する意思のあることを記載していることが認められる。

(三) しかしながら、本件各売買にかかる土地建物売買契約書(〈書証番号略〉)中には、特約事項欄の表示があるのに、原告主張のような約定は何ら記載されていないことが明らかであるばかりでなく、およそ、負担付贈与契約の場合とは異なり、売買契約における買主の義務として、売主の所有権移転義務と対価関係に立つ代金支払義務とは別に、売主に対する扶養義務とその不履行を解除条件とすることまで売買契約の内容にすることは、特段の事情がない限り、合理性を欠くものといわなければならない。被告と原告は実の母子関係にあり、原告は被告(当時五七、八歳)にとって唯一の子であって、原告が被告を老後は扶養する意思を有していることを表明し、被告もこのことを期待してはいたが、本件各売買の当時、被告は再婚して数年を経過し、別の所帯を持っており、原告も本件不動産を生活と仕事の本拠とし、結婚の予定もあるところから被告が実質的に所有する乙山春子持分の譲渡を受けたものであることは、前示のとおりであって、原告が被告を扶養すべき事態が当時既に発生していたとか、その発生が具体的に予見されていたとかの格別の事情が存在したことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右(二)のような証拠関係だけでは、原告と被告との間で、本件各売買の当時、被告主張のような原告の扶養義務の不履行を売買の解除条件とするまでの合意が成立していたと認定することは困難であるというほかはなく、他に、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、解除条件成就による本件各売買の解除をいう被告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することはできない。

2  債務不履行による解除について

(一) 被告は、本件第二売買が、原告の代金債務の一部不履行により平成七年九月一七日に解除された旨主張するので検討するに、証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告本人)によると、原告は、本件不動産に抵当権を設定して銀行から借り入れた八〇〇万円などにより、平成三年三月二六日、乙山春子名義の前記預金口座に本件第二売買の代金一〇六六万一〇四〇円を振込送金したこと、しかし、原告は、被告から預っていた右預金通帳及び届出印を使用して、右預金口座から同日八一六万一〇四〇円、同年三月二九日二五〇万円をそれぞれ払い出し、右二五〇万円のほか別途五〇万円を被告の預金口座に振込送金したこと、また、原告は、公庫ローンの支払として、平成五年四月分から平成六年五月分までと平成六年九月分及び同年一〇月分の合計一六か月分一四四万円を被告に代って支払ったことが認められる。

(二) ところで、被告は、原告が右八一六万一〇四〇円を自己のために使用し、本件第二売買の代金が不足したため、原告において平成五年四月分から向こう七年間にわたり公庫ローンを弁済することで右不足代金に充てる旨の本件ローン支払合意が成立したとして、原告の債務不履行を主張し、〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果中には、右主張に沿う記載及び供述部分がある。

そして、原告本人は、右八一六万一〇四〇円を被告に交付した旨供述するが、たやすく信用することはできないところ、本件ローン支払合意の成否に関して、更に検討すると、証拠(〈書証番号略〉、原告本人、被告本人)によれば、(1) 原告は、居住用マンションである本件不動産で医院を開業していたため管理組合から苦情申入れを受け、本件第二売買後間もなくの平成五年七月、本件不動産の医院を閉鎖して近くに新たな医院を開設し、同年一二月結婚して夫婦で本件不動産に居住していたが、平成六年四月離婚し、同年五月には本件不動産から退去して、別のマンション(賃料一か月三五万円くらい)に転居したこと、(2) 被告は、再婚した夫の先妻の子及びその家族と折り合いが悪く、また、持病の慢性肝炎が悪化して平成五年六月から約三か月にわたり入院し、退院しても家事ができないような状態であり、サラ金業者から債務の返済を迫られたことなどもあって、夫から同居と生活費の支払を拒否され、同年一一月、同居と生活費の支払を求める調停の申立てをし、原告にも金銭的援助を求め、平成六年三月には原告から三〇〇万円を借り受けたこと、(3) 原告は、本件不動産からの退去を契機として公庫ローンの支払を中止し、被告に対し、公庫ローンを支払わなければ競売になるが、それよりも原告に持分を譲渡し、他にアパートを借りて住んだ方がよいなどと申し向けたところ、平成六年七月被告が原告持分の譲渡を求める調停を申し立て、これに対して、同年一一月原告が本件不動産の共有物分割を求める本訴を提起したこと、(4) 原告と被告は、被告が退去した後、本件不動産を第三者に賃貸したが、この間に、被告と夫との離婚調停が進められた結果、平成七年一月に離婚の合意が成立し、被告は、東京に戻り、同年五月右賃借人が退去した後の本件不動産に単身居住し、公庫ローンの支払を継続していることが認められる。

(三) 右のような事実経過を併せ考慮すると、原告と被告の間で、本件第二売買の不足代金の支払に充てるため、その不履行の場合には右売買の解除原因それ自体を構成するとの債務内容を確定した上で、被告主張のような本件ローン支払合意が成立したとまで認定することは困難であるというべきであり、他に、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件第二売買の債務不履行による解除をいう被告の主張も採用の限りではない。

三  争点3(本件共有物分割請求と権利濫用の成否)について

1 民法二五六条の定める共有物分割請求権は、各共有者に目的物を自由に支配させ、その経済的効用を十分に発揮させるため、近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能にするものであり、共有の本質的属性として、持分権の処分の自由とともに、十分尊重に値する財産上の権利である(最高裁昭和六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)。しかし、当事者の合意あるいは民法二五七条のような実定法の規定に基づき、共有者間における共有物の管理、変更等が特定の目的の下に密接かつ永続的に結合すべきものとして、分割請求権が制約される場合があり、そうでなくとも、各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合のあることは否定することができない。

2 原告は、本訴において、実母である被告との共有に属し、かつ、被告が現に居住の用に供している本件不動産(マンション)について、被告に対し、民法二五八条の共有物分割請求権に基づき競売による代金分割を求めるものである。しかしながら、被告は、昭和六二年一〇月に本件不動産を購入して同所に居住し、平成元年七月再婚して転居した後、離婚に伴い、平成七年五月以降は再び本件不動産に居住して現在に至っており、この間、原告が約五年近くにわたり、本件不動産を生活と仕事の本拠として使用し、二回にわたる本件各売買により自己の共有持分も取得して被告と共有関係を生じたことは、前示のとおりである。また、証拠(〈書証番号略〉、被告本人)によれば、被告は、原告を出産したときの輸血が原因で慢性肝炎にかかり、以前から入退院を繰り返しており、原告が医師資格を取得するまで着物のセールス・病院事務等をしながら仕送りを続けたが、再婚に失敗した現在では、六〇歳を超え、仕事にも就けない状態であり、本件不動産を唯一の生活の本拠としていることが認められる。そして、本件不動産が共有物分割のため競売に付されるとすれば、持分権者である被告は、その買受人に対抗し得る占有権原を有しない以上、引渡命令の対象とされ、退去を余儀なくされるばかりでなく、被告が公庫ローンの分割弁済を現に継続しながら、同じくその連帯債務者である原告の意思に基づく競売手続の開始により、分割弁済の期限の利益を喪失して被告において残債務につき一時の支払を余儀なくされることになる。もっとも、原告の本件共有物分割請求は、これに先立つ被告の持分買取調停の申立てが引き金になった経緯はあるが、被告は、当時、再婚した夫との間で離婚調停などの紛議があり、原告が公庫ローンの支払を中止し、被告に持分の譲渡を迫ったことなどから、自己の先行きに不安な心情を抱いた上での行動として、あながち責めることはできない。他方、原告は、開業医として十分な経済力を有し、現に高賃料のマンションで居住しているものであり、競売が実施されることになれば、その手続を利用して本件不動産の被告持分を比較的安価で取得する道も残されている。もとより、本件不動産の競売により、被告は持分に応じた売得金を取得する権利は有するが、中古マンションの近時の市況等からすれば、被告の取得すべき金銭が、本件不動産から退去した後のしかるべき代替住居の確保に要する費用を補うに足りるものであることは必ずしも期待できないし、本件に現れた原告と被告間の関係等に照らすと、その際に被告が原告から経済的援助を確実に得られるとまで断定することも困難であり、高齢、無職で慢性肝臓病を抱えた被告が居住場所の確保に窮するという事態も考えられるところである。

3 以上に検討した諸事情を総合勘案すると、本件不動産の共有者の一人である原告の分割の自由を貫徹させることは、本件不動産の共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、原告の本件共有物分割請求権の行使は、権利の濫用に当たるものといわざるを得ない。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求及び被告の反訴請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官篠原勝美)

別紙物件目録〈省略〉

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